2004N717句(前日までの二句を含む)

July 1772004

 昼寝する我と逆さに蝿叩

                           高浜虚子

の夏の生活用品で、今では使わなくなったものは多い。「蝿叩(はえたたき)」もその一つだが、句は1957年(昭和三十二年)の作だから、当時はまだ必需品であったことが知れる。これからゆっくり昼寝をしようとして、横になった途端に、傍らに置いた蝿叩きの向きが逆になっていることに気がついた。つまり、蝿叩きの持ち手の方が自分の足の方に向いていたということで、これでは蝿が飛んできたときに咄嗟に持つことができない。そこで虚子は「やれやれ」と正しい方向に置き直したのかどうかは知らないが、せっかく昼寝を楽しもうとしていたのに、そのための準備が一つ欠けていたいまいましさがよく出ている。日常生活の些事中の些事でしかないけれど、こういう場面を詠ませると実に上手いものだと思う。虚子の句集を見ると、蝿叩きの句がけっこう多い。ということは、べつに虚子邸に蝿がたくさんいたということではなくて、家のあちこちに蝿叩きを置いておかないと気の済まぬ性分だったのだろう。それかあらぬか、娘の星野立子にも次の句がある。「蝿叩き突かへてゐて此処開かぬ」。引き戸の溝に蝿叩が収まってしまったのか、どうにも開かなくなった。なんとかせねばと、立子がガタガタやっている様子が浮かんできて可笑しい。いやその前に、父娘して蝿叩きの句を大真面目に詠んでいるのが微笑ましくも可笑しくなってくる。『虚子五句集・下』(1996・岩波文庫)所収。(清水哲男)




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